二色の浜近くから始まる水間道から尾生(おぶ)街道へと歩く

南海電車で二色の浜駅へ。
そこからまず海側へと
紀州街道に出て、そこから南東へと
途中途切れたかの様な
水間道が始まる。
JRの踏切を渡った所に
橋本駅があり、
さらに進んで水間鉄道・三ケ山口駅から東へと尾生街道となる。
(参考書名:『泉南の街道』および水間寺への道  著者 田中米雄)
2011年4月16日撮影
まず4月16日に歩いた道のGPSロガー画像です。地図クリックで拡大
赤い矢印は道標のある場所を示しています。
10時05分 二色の浜駅 駅名の風化を見ただけで旅のムードになってくる。
10時15分 前後に通るのが紀州街道 道が細いのでそこからの分岐点を探すのにひと苦労
      参考書では、
水間道の起点が二色の浜そばの地蔵からーーとされていますが、
      地蔵が南方に移設されていることと
      その地蔵の文字に「水間」がない、とのことなので、
      
紀州街道から歩くことにしました。
10時21分 地図上で『阪堺南線 204』となっている道路  交差点名は「二色の浜北
10時28分 道が急に細い通路となる---直進
10時35分 粉河街道を横切って進む。 角の地蔵堂内の地蔵に刻まれた文字:右 七山 左 水間
10時40分 スノードロップが咲いていた
10時41分 国道26号線 直進できずに信号のあるところまで迂回
10時52分 久しぶりに道路脇に力石を見つけた。 
10時56分 JR和泉橋本駅
      
熊野街道を歩くと街道が線路で途切れているので、この駅の横を通ることになります。
      街道歩きで過去に2度、赤丸ポスト探しで1度通っています。
11時10分 駅から1本北側の旧道が水間道なので適当に入ったら
      門前に
唐臼石を飾った旧家に出合った。
      こういう石は、既に使わなくなったとしても捨てる気にはなれないでしょうね。
11時29分 水間道を示す地蔵道標  貝塚南高校の北西
      
粉河街道にあった地蔵道標とこの地蔵道標とで
      かつての「
水間道」を探しあてた様な気分になれました。
12時04分 永寿池を北側から見た様子
      2月26日には、この池の南側を通る大熊街道を歩いています。
      空飛ぶ円盤の様に見えるのは 熊取町立 総合体育館 ひまわりドーム
12時07分 今年の桜も 散りざまの美 を眺める時期となってしまいました。
12時23分 貝塚街道に入ってもうすぐ三ケ山口駅というあたりに
      造り酒屋があるんです。
12時24分 貝塚街道から分かれて尾生街道
      水間鉄道は単線なので
三ケ山口駅のホームは片側のみ
12時32分 大阪外環状線に面した貝塚市立第三中学校前を通過
12時43分 写真の坂を登り始める(この道は間違いだったらしい) 
12時48分 少し前に渡った大阪外環状線を上から展望。
12時55分 国見地蔵尊前 地蔵は道標になっていますが、行く先は布に隠れて見えません。
      道を間違えて少しウロウロしましたが、右の道を行くのが尾生街道
13時05分 1度南へと渡った大阪外環状線を今度は反対側へとくぐる。
13時19分 田園地帯を過ぎて集落へと入る場所に道標がある。
      比較的新しそうな道標の文字: 右 貝塚 左 水間
13時35分 椋(むく)の大木  岸和田市指定の天然記念物
     『奥家の椋』として顕彰されています。 岸和田市の案内 ⇒ クリック
13時35分 この根はもっと条件のいい日に改めて写真を撮ってみたい。
13時50分 尾生街道葛城街道と出合う場所 
      ※上写真は
赤い矢印の場所にある道標です。 文字:右ハ みづま 左ハ かづらき
      
葛城街道は2008年に歩いているのに、この場所の全く記憶がなかったので
      その時の写真を見直してみたら、この旧道へは入らずに100mほど北(左方向)を通る
      広い車道(岸和田港塔原39号線)を直進していました。
14時21分 福田の集落 ここからJR下松駅までの車道(230号線)は歩道がなくて歩きにくい
14時42分 車道を避けて尾生4丁目の集落へと入ってみた。集落がゆるくカーブした道に囲まれている。
15時15分 JR下松駅の南踏切を渡る
15時20分 牛滝街道との出合  ここが尾生街道の終点
15時52分 道を間違えて20〜30分間時間をロスしています。
16時01分 岸和田駅前に咲いていたハナミズキ
      歩いた距離は22.7km 時間約6時間でした。