水間寺への道を歩く
南海電車の羽倉崎駅から歩き始めて、海側にある孝子越街道に出て南西へ。
十数分歩くと
大井堰街道の分かれ道。
そこから日根神社までの道が
大井堰街道
その道のまま進んで約10分で土丸に到着。土丸は和歌山へと通じる粉河街道の山間部への入口にある、静かで落ち着いた印象の集落です。
下のGPS画像は左半分が大井堰街道。右半分が水間寺への道となっています。
(参考書名:『泉南の街道』および水間寺への道  著者 田中米雄)
2011年2月5日撮影
まず2月5日に歩いた道のGPSロガー画像です。地図クリックで拡大
14時28分 家の廻りに石が置かれていることは多いけれど、あまり見なれない大きな石が並んでいる。
 化石っぽい。イミテーションにしてはリアル過ぎる。
疑問もし切り株の化石だとして、化石化するほど遠い昔に誰が何の目的で木を伐ったのか?
14時36分 日根神社から約10分で土丸(つちまる)の入口に到着。
14時47分 粉河街道から土丸を展望。
      2008年3月1日に
粉河街道を1度歩いたことがあるので、少し懐かしい気がする。
      2008年に歩いた行程についてはブログ記事をどうぞ ⇒ クリック
14時51分 土丸を後にして、粉河街道を進み62号泉佐野内田線に出た所が水間寺への分岐点。
      ため池と地蔵尊が目印
14時53分 水間寺への道に入ってすぐ左の畑の中に、村の境界碑を発見
      文字:日根野むら(Macではこの漢字は見あたらず) 熊取谷 領境目
      嘉永三庚戌年六月十九日□
      道ヨリ十七間九歩令九
※ 國の境界碑は何度も見ましたが、村の境界碑は数が少ないので載せてみました。
14時56分 こういう土の道で電線や電柱が無かったら最高なんやけど…
15時10分 成合の集落を通る道 左上を「つばさが丘」へのバス道が通っている
15時17分 阪和自動車道のガード下を向こうへ出ると「まちや峠」
15時19分 まちや峠にある2基の地蔵道標 文字:右 大木 きびたに  左 かうだ 水ま
15時38分 「大師橋」を渡ると高田文化ホール 左方向へと進む
15時45分 高田の集落から遠ざかり小谷の集落との中間あたりにあるせいか、
      地蔵道標に布は掛けられていない
      文字: 右 水間みち 左 小谷みち
15時46分 いよいよ水間寺は近い。山越え道に入る。
      写真を撮りたい位置に車が停まっていたので逆方向から撮影。
15時50分 土の道に出合うとワクワクしてくる。
      この時点では、こんな道のまま 
貝塚市馬場 へ行けると思っていた。
15時52分 1つ目の釣り池を左に見ながら過ぎて、写真の2つ目の池を右に見ながら進む。
15時53分 2つ目の池から離れつつ少し薄暗い山道へと進む。
      少し入った所で竹林となり道が見えなくなっていた。
消えた道を探しながらどんな風に向こう側へ出たかーーのGPSによる記録
1度目、竹林の手前にあった右方向への踏み跡に沿って高く上って踏み跡を見失って失敗
2度目、池まで引き返して池沿いに北東方向へ進むも道が消えて失敗
3度目、竹林までの道の
道なりの方向へ竹林の中へと直進して、右側に小さな池がある場所まで進むと、小さな池の北側には細道があって抜け出し成功。
※ 使用しているGPSは簡易タイプなので山間部でのGPS信号の受信が欠落する傾向があるので、地図上の記録ラインは実際の歩行よりも省略化したものになっているようです。
でも1つ言えるのは、上の歩行ラインの両側の等高線が高くなっていることにご注目。
向こう側へ抜けるための要点は、高くなっている方へは進まずに平たんな方へ進むこと。これです。
くれぐれも無理のないように、道が分からなくなったら元の場所へ戻れる様に、慎重に行って下さい。
山道を歩いたことの無い方にはおすすめできません。
16時08分 竹林を抜けて小さな池の北沿いの細道で森から出た時に撮った写真。
      右へと低くなっていった先に2つ目の大池があるようです。
      写真を撮っている背後にある小さな池は、山からの水の流れをせき止めたタメ池なのでしょう。
      結果として、道を探し始めて15分程でこちらへ出ることができました。
16時19分 秬谷川(きびたにがわ)沿いに水間寺へと下ってゆく。
      泉南には屋根がノコギリの刃の様な形をした木造建築工場が多い。
16時26分 ここも地蔵形道標でした。貝塚市には地蔵道標が多い。
16時28分 自然の造形の妙 よくまあ川が、こんな曲線を描いたもんだ。
16時42分 この日歩くのはここまで。重要文化財「水間駅」
駅のホーム脇に旧車両が置いてあった。

※ 2011年2月5日に歩いた前半の写真はこちら ⇒ クリック