犬鳴街道を歩く
南海電車・貝塚駅で水間鉄道に乗り換えてで水間観音駅へ。
そこから
水間寺の前を通り過ぎた所で、赤い橋を渡って左へと進むのが犬鳴街道
山間を通り
永楽池を経て大木の集落で粉河街道に合流して犬鳴山に至るのですが、今回歩いたのは大木までで、そこからは永楽池まで引き返して、そこから始まる大熊街道へと進んだのですが、大熊街道についてはまた後日。
(参考書名:『泉南の街道』および水間寺への道  著者 田中米雄)
2011年2月26日撮影
まず2月26日に歩いた道のGPSロガー画像です。地図クリックで拡大
10時08分 水間観音駅から歩き始める
10時17分 水間寺前を過ぎてすぐ赤い橋を渡り左へと進むのが犬鳴街道
10時19分 蔵のある和風民家はまだまだ多いのですが、たまに廃屋となった家屋もみかけます。
10時20分 泉南には土塀が多いのですが、塀の断面が見えているのは珍しい。
10時28分 右手に見える山の向こうは高田
      
高田からこちら側の馬場へと山を越えたのは、つい先日2月5日の事( ← クリック)
10時37分 阪和自動車道をくぐって川沿いに進む。
10時38分 杉花粉の発生元がこれ。まだ黄色い粉は見えていない。
10時46分 農業庭園たわわ こんな場所なら農作業もいいと思う。
      
たわわの案内が分かりやすかったのはここです ⇒ クリック 
11時06分 きび谷の集落への分岐まで歩道のあるこんな道が続いています。車も少なく心地よい。
11時08分 隧道の手前で川沿いの旧道へと入る。「遊女の墓」の方へ
11時10分 遊女の墓 墓のそばの地蔵に刻まれた文字: 水間寺まで十八丁
11時12分 遊女の墓 案内文
11時26分 きび谷の集落付近から山道になってくる。
11時34分 結構急な勾配の道を登りきった所に熊取町営斎場がある。
11時57分 犬鳴街道は写真の永楽池の堤道へと進む。
      間違えて
永楽ダム方向へと400〜500mほど下ってしまい、時間をロスしてしまった。
12時02分 永楽池の南西にある地蔵に刻まれた文字: 右 こかわミち 左 やま
      参考書「泉南の街道」には 
右 こかわ 左 みずま となっている。
      そばにあったもう1体の地蔵には文字は無かったので、まだ他の場所に地蔵があったのかも?
12時07分 地蔵のすぐ背後を通るハイキング道へは進まずに左直下の林道へと下る。
     写真中で一番明るく見えている部分が車が通れるだけの巾がある土の道。
12時15分 しばらく下ったところに素晴らしく環境の良い池があった。
     余計なモノが何も無い昔ながらの風景。角度によっては斎場の煙突が少しだけ見えた。
     池の入口に、釣り禁止の看板があり、罰金2万円と記されていた。
12時25分 こんな林道が続いている。
     このカーブを曲がると大木集落がみえる。
12時29分 集落を通る道は鋪装されている。アスファルトなのに懐かしく感じる道。
12時35分 右下を流れる樫井川へと河岸段丘になってる地形なので、見事な石垣が多い。
12時41分 恩随橋樫井川を渡る。次の信号交差点が粉河街道との出合で犬鳴街道の終点。
     タイル貼りの古びた橋が旅をしている気分にさせてくれる。
12時44分 道標が2基並んでいた。右 水間寺 左 さの 貝塚
     
道標右面の文字を写真に撮っておけば、建立年が判ると思ったが帰って調べても判らず…
12時45分 向こうの信号まで行って、上大木交差点を撮影後は、一旦永楽池まで引き返し
     そこから
永楽ダム方向へと大熊街道を歩きました。その写真は、また後日