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大阪風景122
写真の発表がずいぶんおくれていますが、
どうか、気長におつきあいお願いしたいと思います。
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2005年9月3日は“とんぼりリバークルーズ”に乗船した日で
上段の方の写真は、その後、道頓堀から港区の“浪速貨物駅”へと
向った時に撮ったものです。
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道頓堀
←(左)(右)→
2005年9月3日撮影
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上左写真にある“マリリン・モンロー”オブジェは
阪神優勝決定日以降、こつ然と姿を消してしまいました・・・
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2005年になってほとんど使用されなくなった
線路周辺は、ご覧の様な有り様です。
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浪速貨物駅敷地内
←(左)
北→南に撮影
背景は“なみはや大橋”
(右)→
南→北に撮影
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←(左)(右)→
JR杉本町駅付近
2005年9月4日撮影
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いらっしゃ〜い
またまた
道頓堀
←(左)(右)→
2005年9月7日撮影
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←(左)
カニのタスキは
案外な事に、これまで何度も
変えられています
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←(左)
2005年9月11日撮影
江島橋跡(西区立売堀)
意外と見過ごしがちですが、
大阪に橋跡は結構多くあります。
でも、おそらく橋跡すら残っていない
場合に方が多いのではないでしょうか。
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←(左)
明治小学校で見つけた
ガボチャ?オブジェ
(右)→
道標
(福島区玉川4丁目)
ここから東へと向うと、
船津橋から中之島へ
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←(左)
阪急コンコース
2005年9月15日撮影
阪急百貨店の建て替えで
この、地下街と阪急電車乗り場を繋ぐ
レトロ空間も風前のともしびなのか?
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2005年9月18日
大阪市西区から自転車で守口市へ出かけた
←(左)
淀川河川敷(背景:菅原城北大橋)
淀川沿いに守口市を目指す途中で見つけた
一見、電柱風なコンクリート柱×2本
河川敷なので電柱など必要ない!では何?
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守口宿
江戸〜京都間の
“東海道53次”は
京都〜大阪間の四宿、
淀・伏見・枚方・守口を加えて、
“東海道57次”とも言われ、
その57番目の宿場町が
ここ、守口宿だった
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守口市まで、自転車で出かけたのは、次の目的地
もりぐち歴史館(旧中西家住宅)までの移動時に、
できるだけ広く、守口市を見ておきたかったからでした。
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もりぐち歴史館
2005年9月18日撮影
当日の館長さんの案内で
旧中西家住宅のこれまでの
歴史と建物の特徴を非常に
詳しく学習させて頂きました。
たまたま当日、
“月見の宴”
が行われる日で、日本古来の琴や尺八の練習の音色が響き渡る中、和室の魅力をこころゆくまで堪能させて頂きました。
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茶室
←(左)
庭から見た外観
(右)→
室内から見た窓
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←(左)
玄関から一番奥まった
裏庭から見た屋敷西側
(右)→
これが本来の“ススキ”
らしいですよ
(こんなん初めて見た・・・)
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守口市から大阪市へと帰る途中に通った
国道1号線と大阪中央環状線との交差点にある
大日地下道は、商店こそ無いものの、
まるで地下街を思わせる程の広さだった。
(広すぎて何処に出れば良いか判断に迷う程)
写真はその出入り口の1つです。
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←(左)
国立国際美術館の
北にあるオブジェ
(右)→
難波宮跡に、低く、
フヨウが咲いていた
2005年9月18日撮影
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