粉河街道支線から粉河街道支線へと歩く
南海電車で泉佐野駅へ。
から1本南西を通る道で海側へと孝子越街道に出て、そこから南東へと
粉河街道支線が始まる。
JRの踏切を渡る所に
日根野駅があり、さらに進んだ久の木の集落から東へと
粉河街道支線となる。
(参考書名:『泉南の街道』および水間寺への道  著者 田中米雄)
2011年2月13日撮影
まず2月13日に歩いた道のGPSロガー画像です。地図クリックで拡大
10時28分 孝子越街道から南東方向へと粉河街道支線を歩き始める。(和泉佐野駅から1本南西の道)
10時44分 熊野街道との出合いを左折
10時46分 熊野街道を歩くのはわずかで、道標の示す「ふどうみち」方向へ右折。
10時59分 ひときわ目立っていた建物。結婚式場らしい。
11時11分 野々地蔵にある老人クラブ前の灯籠。
11時19分 日根野駅 ここでイオンまで寄り道15分
11時46分 またまた灯籠が現れる。
11時52分 日根野小学校前を通る。 この小学校には6年程前までは、写真の門を入ってすぐ左に旧木造校舎があり、それが解体撤去されると新聞記事で知って写真を撮りにきたことがあった。
その時の写真 ⇒ クリック
12時03分 久の木の集落で粉河街道支線へ。(10分ほど日根神社前あたりまで周辺を寄り道)
12時15分 一瞬道を間違えたのかと思う程に細い道。先へ進と広々とした田園風景となる。
12時17分 日根野小学校 日根野中学校が進行方向左手に見える。
12時18分 右手、山側の風景
12時20分 田畑の中の交差点に地蔵道標があった。
12時34分 日根野ゴルフ大阪府立佐野支援学校との間を進む。
12時40分 弘法池の西から山側をみたところ。住宅開発された場所は多い。
12時56分 写真右の水間道を示す地蔵の位置は、参考書「泉南の街道」には雨山川を渡った所に描かれているが、何故か川の手前となっていた。川を渡ってから左へと水間への道を見るために、もう1度、日根野小学校方面へと進む(途中に京大原子炉実験所の敷地がある)。
14時02分 1時間と少しで同じ位置に戻り、写真の粉河街道支線を直進する。
14時06分 進行方向左にあった「泉南の街道」に掲載されていない道標。
      片側の花をよけて写真を撮らせてもらった。
      文字:右 水間  左 はし本  「はし本」は和歌山の橋本なのか?(貝塚にも橋本がある)
14時23分 和田から大宮にかけて進行方向右手の展望が良くなる。
14時42分 小垣内の交差点付近で道標を探していたらツグミが目の前に現れた。まだ巣離れしたばかりの幼鳥なのか人を恐いと思っていないらしい。
14時56分 探していた道標は1つ西側の交差点にあった。水間を示す道標にしては珍しく角柱形。
正面:
水間寺ニ至ル 十六丁 右面:和田 及 土丸ニ至ル 左面:七山 及 貝塚ニ至ル 五十丁
15時08分 ミモザのつぼみ 大阪城桃園では3月中旬頃に桃花と同時期に咲く。
15時09分 うどん、そば店の前に並べられた果物、野菜  小ぶりなりんごが印象的
15時18分 七山病院が見えてきた。
15時24分 七山病院の北にある地蔵道標  文字:右 こう田 左 みずま
 
この写真を撮ったのが2月13日で、6日後の19日に、左へと水間道を三上山方向へと歩いた。
15時48分 JR阪和線を渡る。写真の駅は和泉橋本
15時50分 地蔵堂交差点 この交差点には丸型ポストがあったらしいが、2008年に来た時にはすでに無くなっていた。
15時57分 南近義神社を背にして、次の交差点が粉河街道との出合。

 参考書「泉南の街道」の記述では
ーー地蔵堂からにでる。国道第二阪和をすぎると二十メートルくらいで本線に(=粉河街道)合する。ーー
とあるのですが、地図をみてもその道がわかりませんでした。
従いまして、上写真の粉河街道との合流点は本来の場所と違っているのかもしれません。

 この後、粉河街道を海側へと歩き紀州街道との出合いが16時33分
 
紀州街道経由で貝塚駅着16時51分でした。